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作者:七瀬

プロフィール

・1977年7月生まれ
・職業:某デリヘル店に勤務

『たなびけば、』 (11)

12月 14th, 2012

「連絡が来ると思っていたよ」

「突然なんだけど、今日会いたいの」

迎えに行くよ、そう言った電話の向こうは、とても静かだ。

ホテルを出ると雑踏の音と光とくすんだ空をバックに、シルバーの中型クラスの日本車が止まっていて、インド人と思われる黒いドライバーが運転席の後ろのドアを開けると、昨日のタイ人が笑顔で、こんにちは、と言った。

道路は整備が遅れている。人々は斜線を完全に無視して走り、常にどこかでクラクションの音がする。新車で100万円を切ることで日本で売り出された小型車がたくさん走っている。左側のミラーがない車が多いことに気付きタイ人に聞くと、こんな調子でみんなが好き勝手に走るから、よくミラーがぶつかって取れてしまう、だから左のミラーはオプションなのだ、と言い、そして、日本では考えられない、とタイ人は笑った。路肩に立つバラック小屋、乾燥して白い土埃が舞う。牛が歩く道路。そこここに人がいる。変なタイミングでブレーキを操るドライバーは笑わない。

高いビルが立ち並ぶ街を過ぎ、緑が多く交通量が少ないエリアに入った。何か食べたいものはあるか、と聞かれ、私は空港で見たマンゴーの広告を思い出した。マンゴーでいいのか?マンゴーなら家にいっぱいあるよ、とタイ人は笑い、私達は警備員がいるゲートを通り、いくつものアパートの建物が建っている敷地に入った。名前を知らない白い花をつける広葉樹が濃い影を落としている。ここからも建設途中のビルが見える。くすんだ空、何色でもない空の色、埃の色。タイ人はドライバーに、2時間後に来い、と言って降りた。エントランス入り口にも警備員がいて、タイ人が何か声をかけて通る。白いツルツルの床、集合ポストの前には少しくたびれたソファセット。足音が響く。エレベーターが来て、2人で乗る。階数をあらわすエレベーターのボタンには「0」がある。地下2階、地下1階、0階、1階、2階、3階という階数表記だ。エントランスがあるここが0階だ。「0」はプラスでもマイナスでもないから「0」なんじゃないか、と思った。本当に、ここは数学で有名なインドなのか、私が数学ができないから「0」を疑問に思ってしまうのか、わからない。タイ人は「9」のボタンを押して、エレベーターはするすると動き出した。

頑丈な鍵であることの証拠のように、ガチャガチャと音を立てながら鍵を外して、大きな茶色い扉を開けて、タイ人は「いらっしゃい」と私を迎えた。白い部屋には白いテーブルがあって、白いシーリングファンが回っている。白いカーテンに白いソファ。そのソファにタイ人は座って、隣に座るように私に手招きをした。

「僕は、君とセックスしたいんだ」

空は青い、とか、空腹になるお腹が鳴る、とか、そんな当たり前のことを言っているみたいにタイ人はセックスしたい、と言った。

「君の洋服も白だ」

頭を引きよせられる。初めて嗅ぐ匂いだ。彼の匂いは安心の匂いだった。タイ人の匂いは、鼻から脳の中心にダイレクトに届くような、野生の匂いがした。いい匂いだ。狩られる動物になった気分になれる。髪をグッ鷲づかみにされ、顔を上に向けさせられる。かぶりつくようにキスをし合う。鼻が塞がって息が苦しくなる。口の端から涎が垂れて、ピチャピチャと音がする。白いワンピースの胸元から手を入れてきて、胸を掴む。少し痛い。私からも野生の臭いが出ているだろう。閉じていた足を少し開き、タイ人の手を誘い入れる。タイ人はまだ髪を掴んでいて、もう離してもらいたかった。やめて、頭を振る。やめて、やめて。髪を掴む手に力が入り、更に強く固定された。

反対側の手はクロッチの部分をなぞり、声が出そうになるが、わたしの口はタイ人の口で塞がれている。ムー、ムー、と声にならない。男のまつげが頬に当たる。大きな瞳は開かれている。

つづく…


七瀬 小説