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作者:七瀬

プロフィール

・1977年7月生まれ
・職業:某デリヘル店に勤務

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Archive for 11月, 2012

『たなびけば、』 (10)

11月 15th, 2012

予約を入れておいたインド門近くのホテルにチェックインした。ガラス張りのモダンなたたずまいの建物で、安くはなかった。安くないだけに安心できた。遅くない夜だとはいえ、タクシーの中から見るインドは、視界に入る全てが喧騒にまみれていた。車と人が視界にはいらないタイミングはない。シャワーを浴びて寝てしまおうと思ったが、お湯が出なかった。フロントに電話してみると、お湯を使える時間帯は決まっているらしかった。英語はよくわからない。本当は違うのかも知れない。考えていてもしょうがないので、何か食べてお腹いっぱいにして寝てしまおうと思い、ホテル内のレストランに行くことにした。文字だけのメニューの中から適当に選んだ。何だかわからない飲み物と緑色のカレーが出てきた。恐る恐るナンにカレーをつけて食べてみると、ビックリするほどおいしくて、残さずに食べてしまった。食べている間、彼を思い出したりはしなかった。
次の朝目が覚めて、まずシャワーが出ることを確認した。日本から持っていったシャンプーとかコンディショナーとかが入った旅行用の小さなボトルを出して使うと、少しだけ日本に近づけた気がして、ほっとした。窓から見える、建設途中のマンション、くすんだ空。日本の空は、今、どんな色なのだろうか。彼は、どんな空の下にいるのだろうか。1人でインドなんて、来なければよかった。

昔、彼と伊豆に旅行した時があって、いつもは穏やかな駿河湾がその日に限って季節はずれの台風のせいで大荒れで、ホテルにこもってスケベなことばかりしていた。夕食の後、貸切の小さい露天風に行き、いつものようにいちゃいちゃした。何かする期待をしていたが何も起こらなかった。ただ、海の向こうに見える仄かな明かりを見ながら、くっついていた。潮の匂いがする。屋根を雨が叩く。彼は優しくて困る。旅館の女将さんに「奥様」なんて呼ばれていい気になる。浴衣を着るのは、照れくさい。

浴衣を着ているほうが恥ずかしかった。部屋に入るとすぐに、脱がされてしまった。

「テーブルに横になりなさい」

と赤いロープを出して、私の手足をテーブルの足に縛る。明るい部屋で大きく開かれた私の体。

「お前は恥ずかしがりやだから、暗くしてあげよう」

アイマスクを着けてくれた。聞こえるのは地鳴りのような波の音。優しく愛撫され、私のアソコは濡れているだろう。いや、愛撫される前から濡れていたはずだ。声が漏れる。電マで敏感な部分を刺激されると、体の奥の方から快感の波が来る。

「まだイクなよ」

彼に命令されると、私はいってしまう。いつものように

「…ごめんなさい」

と謝る。イク度に、テーブルがギシギシと軋む。その状況に安心する。いつものように、いつものように。安心してイケる。安心して快感の波に身を任せられる。

彼と会った後は、会えなくなる日が来てしまったのが怖くて怖くて仕方なかった。会えない日々が続いて、彼が奥さんと25周年記念で京都へ2泊で旅行に行ったりして、本当に悲しくなった。それは彼がいないからというより、彼が私を1番じゃなくて2番にしていて、それなのに「会いたい」なんて電話してきて、私だって会いたくて会いたくて仕方ないのに、彼が奥さんなんかと予定通りに旅行に行って、アナウンスが聞こえるホームから、電話してきて、「あ、来た、ごめん」と言って、唐突に電話を切られた。たぶん、奥さんがトイレかどこかに行ってたのだろう。

「ごめんねぇ、待ったぁ?」

なんて言いながら小走りで来たのだろう。私の小さなアパートから見える空はきれいに晴れていて、京都も快晴だとニュースで見て、私と西伊豆に行ったときは嵐だったのに、淀みなく澄んだ水色の空だったから、私達は誰にも祝福されないなんて思って、だから悲しくなって、ずっと、ずっと泣いていたけど、泣いていると、やっぱり悲しい日々が訪れたことに、少しほっとしたことを思い出した。

七瀬 小説