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作者:七瀬

プロフィール

・1977年7月生まれ
・職業:某デリヘル店に勤務

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『たなびけば、』 (7)

8月 9th, 2012

食事もこれ以上にないくらいにひどいものだった。向こう側に座っているサリーを着ている母親が、3歳ぐらいの子供に、砂糖を砕いたものにいくつかのハーブを混ぜたようなものを少しづつ与えていて、ここの食事は大丈夫なのだろうか、と心配になった。消化剤とか、そんな感じのものに見えたからだ。
早めの夕方に飛んだ飛行機の窓からは、青かった空がピンクに染まっていく様子が見えた。飛行機だって相当なスピードで飛んでいるはずなのに、地球はどれくらいの速さで自転しているのだろう、と思った。地球は大きい、世界は広い、インドは遠い、という当たり前のことがわかる。夕日を追いかける飛行機の窓は、いつまでも、いつまでも、ピンク色だ。いつまでも変わらない夕日の色。私たちみたいだ、と思う。時間だけが過ぎていって、いつまでも変わらない関係だった。自分は相手には相応しくないという思い。相手の将来を考えれば、自分はいないほうがいい。でも、好きで好きで仕方がないんだ。葛藤は、いつまでも私たちに付きまとい、いつまでも変わらなかった。

チェックインして部屋に向かうエレベーターの中からウズウズしていた。部屋に入ってドアを閉めると、彼に抱きついてキスをした。唇が触れあい、舌先をチロチロと舐め合った。舌先は下半身と連動しているのか、腰が熱くなってきて、私の腰に回す彼の腕にも体温が伝わっているだろう。クリスマスイヴに一緒にいてくれて、彼の匂いの中、私は幸せで、幸せで、死んでしまうのではないかと思った。口の中に舌を滑らせ、ニュルニュル彼の歯や歯茎をを味わうように1本1本丁寧に舐めいると、腰に回す腕の力が強くなってきて、涎が口から溢れてくる。それをジュルジュルと愛おしくすすり、私の涎と混ぜて移しあう。彼のチ●ポが大きくなってきて太股にあたる。私のもトロトロになっているはず。触って欲しい。彼の舌にギュっと力が入って、私の上顎を舐める。くすぐったいのか気持ちがいいのかわからない感覚に、私の舌はおくに縮こまるが、彼の舌によって引き出され、軟体動物が踊るように絡み合い、体臭と、口臭と、いろいろな物が混ざり合って、私達は1つになれる錯覚を起こす。

「幸せになって欲しい、俺よりもいい人が必ずいるから、お前を悲しませない人が必ずいるから、お前はいい子だ、もっと自分の価値を高く設定するべきなんだ、お前に幸せになって欲しい、俺はお前に何もしてやれない、お前を俺だけのものにしたいけど、俺はお前を束縛できる立場にいない。お前は自由で、お前は何だってできる」
そう言った彼がドアから出て行くのを見送るしかなかった。言い合いになった理由なんて、覚えてないぐらいに些細なことだった。
「明日の朝、チェックアウトをしに来るから安心しろ」
クリスマスイブの夜、こんな風になるはずじゃなかった。彼とおいしい料理を食べて、お酒を飲んで、いつものようにドロドロのセックスをして疲れ、抱き合って眠るはずだった。安心しろ、と言ったのは、金の心配をせずに飲み食いしろ、という事だが、とてもイブのレストランで1人で食事できる気分ではなかった。こんなホテルのこんな部屋に1人残されて、私は何をすればいいのだろう。きらめく夜景と豪華ではないが質のいいカウチ、向こうの部屋には大きいベッド、リネンの匂い、私1人。ルームサービスで1番高いシャンパンを頼んだ。そして、1人で飲んだ。どんなに傷ついても、ショックなことがあっても、1人ぼっちでも、おいしい物はおいしいんだ、とわかった。

つづく…

※次回 ”たなびけば,” 第8話は、8/23(木)更新予定!



DF 小説

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