bookアイコン

作者:七瀬

プロフィール

・1977年7月生まれ
・職業:某デリヘル店に勤務

Home > 小説 > 『たなびけば、』 (13)

『たなびけば、』 (13)

2月 21st, 2013

「今から帰るから」

なんて、まるで新婚のカップルみたいな電話をしてきて、早めの夜にタイ人は帰ってきた。チャイムが鳴り、私がガチャガチャと鍵を開けると、ニコニコしてそこに立ったまま、食事をしに出かけよう、と両手を広げた。

ドライバーのインド人は相変わらず無愛想でタイ人との会話も必用最低減に限られている。夜の街は空が暗くなっただけで昼間と変わらない。
人や牛がそこかしこにいるし、走っている車は狂気を孕んでいてめちゃくちゃな運転をしている。急ブレーキと急アクセルをでたらめなリズムで繰り返す。商店や看板の弱々しいはずの明かりは、街の熱気でたくましくも思える。粗悪な街のつくりをカバーするのは、ここに住む人々のパワーだ。

車から降り、細い路地を入って、木造の階段を登るタイ人に付いて行く。重々しいドアを開けるとカレー屋さんだった。
15テーブルぐらいある広めのレストランでバーの兼ねているようだ。私達の席の隣にはインドの若者4人がいて、それぞれマグカップのようなもので何かを飲んでいる。食事に来たのではないらしい。顔を寄せ合い何かを話し込んでいるらしいが、知らない言葉で話していて、理解できない。カウンターの近くのテーブルには常連客らしい男が2人座っているが照明が暗く、歳はわからない。カウンターの中はキッチンに繋がっているのか明るい。

デザートの米でできたアイスクリームを食べながら

「会ったばかりの私をなぜアパートに招くほど信用できるの?」

と聞いてみる。

「日本人はモラルを守る民族だろ」

「でも、守らない人も大勢いるし、悪人もいる」

タイ人はゆっくりとタバコに火を点ける。

「なんていうか、君は悪人には見えないよ、香港でもぼーっとしていたじゃないか、トランジットの入り口を2回も通り過ぎたりしてさ、インドの空港で何万円分もエクスチェンジをしたり、空港の軍隊と言い合う日本人なんて初めて見たよ」

「それは信用する理由にはならないんじゃない?」

「俺が見たところ、君は悪人になるには、ちょっと、なんて言うか、足りないんだよ、注意力とか猜疑心とか。俺が悪人で君を連れ去って臓器売買とか、どこかに売ってしまおうと考えている可能性もある」

私は困ってしまった。

「君は、素直に不器用だ。何を言いたいかわかるか?」

「バカだって言いたいんでしょ。」

「そうだ。そして、バカな君を俺は助けたくなったんだ。」

隣に座る若者達の会話はヒートアップしているようだ。私には彼らが何を言っているのか理解できない。タイ人は理解できるのだろうか。彼らから見れば、私達の方がはるかに異物だろう。この国では、私は異物なのだ。

「そして、なにより、君はインドが嫌いだろ?」

そういってタイ人が笑う。

タイ人の部屋に帰って、キスをした後、自分がどうしようもなく濡れていることに気付いた。いつからだろう。ふっくらとした形のいい唇に触れた瞬間か。それともレストランにいた時は濡れていたのか。想像するから濡れるのである。想像なしには女は濡れない。その人とのセックスを想像するから濡れる。プレイだけを想像しても濡れない。女は面倒な生き物だ。気持ちがないと、その男と生殖したいと願わないと濡れないなんて。私はタイ人が好きなのだろうか。その野生的な匂いにやられたのだろうか。スベスベの肌。うっすらと生える胸毛。大きな瞳。その手が私のお尻の肉を掴むと、さらに濡れる。あぁ、と甘い声が出てしまう。昨日まで知らなかった男。色が濃い肌は魅力的だ。

つづく…

七瀬 小説

Comments are closed.