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作者:七瀬

プロフィール

・1977年7月生まれ
・職業:某デリヘル店に勤務

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Archive for 11月, 2011

『ルームナンバー1044』 (7)

11月 10th, 2011

「……今、どこにいるの?」

家に帰ると携帯を見せろと妻と娘に言われ、シークレットモードにして見せた。シークレットモードがあるFシリーズに感謝だ。不自然にロックをかけなくても、彼女からのアドレス、着信、メール、全て見れない。
妻はそれが当然の権利であるかのように、俺の携帯をしばらくカチカチといじって、それから動きが止まった。沈黙が俺を苛立たせた。
「ねぇ、変換履歴って知ってる?」
静かにそう言われて、焦った。恥ずかしかった。平穏な家庭には、彼女に宛てたメールの変換履歴に連ねられる言葉達は、あまりにもスキャンダラスだ。俺は「お前がしているのはプライバシーの侵害だ」と怒ればいいのか、「ごめんなさい」と謝ればいいのかわからなかった。しかし、その場にいた娘が泣きだしてしまったため、俺の選択肢は「謝る」しかなくなってしまった。
妻は怒っている。でも、そんなことはどうでもいい。妻を泣かせても彼女を泣かせても可哀想な気持ちはあるが、胸は締め付けられないだろう。涙はフェアじゃない、と俺は思う。女達は自分の性の特権ともいえる涙の効能をよく知っていて、最大の効果を発揮できるタイミングを見計らって、涙を流すのだ。ずるくて強かだ。だが、娘は違う。信頼を失ってはいけない相手だと、本能が訴える。 彼女に我慢してもらうしかない。

妻や娘には「出会い系で知り合った女で、メールの交換しかしていない。まだ会っていないし、会うつもりもない。」と言った。妻にはチクチクと嫌味を言われ続けた。家に帰るのが苦痛だが、娘の笑顔が救いとなった。仕事の帰り道、夜に向かい刻々と変わる空の色、車が渋滞しテールランプが続いる。俺の帰る場所は、やはり家しかないんだと、そう思う。従順な彼女に会いたくて、会いたくて、会いたくて、仕方なかった。

久しぶりに彼女のマンションに行く。空は曇りない水色で、空気は乾き、風に揺られ枯葉が落ちる。道路に落ちた枯葉が車が通るたびハラハラと舞った。インターフォンを押すと、すぐに、彼女は緩やかな笑顔で俺を迎えた。
「センセイ、会いたかった」
玄関で抱きついてきてキスをする。彼女の背中に両腕を回し、しっかり抱きしめる。苦しいのか、彼女が息を漏らす。柔らかい唇どうしが触れた感触、舌を彼女の口の中に入れ、歯の1本1本を確かめるように舐める。肉付きがいい腰から胸へと撫でる。歯茎に舌を這わせ、上顎の奥を舌の付け根に力を入れてもっと奥に、もっと奥に、彼女のもっと奥に。彼女が「ふぅ」と艶かしい吐息を漏らし、口の奥に逃げている舌を引き出す。涎がジュプジュプ音を立てる。体をピッタリと付ける。彼女は俺のものだ。甘い口臭を移しあい、流れ出しそうな涎を彼女が吸い取り、またピチャピチャと音を立て、吸いあう。彼女の口の周りを舐め、鼻を舐め、頬を舐める。

つづく

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